た。
「町奉行は格別、番屋で調べるときには、岡っ引や手先ばかりでなく、八丁堀のお役人衆もみんなこの息で頭からぽんぽん退治《やっ》つけるんです。芝居や講釈のようなもんじゃあありませんよ。ぐずぐずしていると、まったく引っぱたくんですよ」
「それで其の男は白伏したんですか」と、わたしは訊いた。
「煙《けむ》にまかれて、みんなべらべら申し立てましたよ。そいつは元は上野の山内《さんない》の坊主で、歌女寿よりも年下なんですけれども、女に巧くまるめ込まれて、とうとう寺を開いてしまって、十年ほど前から甲州の方へ行って還俗《げんぞく》していたんですが、故郷忘じ難しで江戸が恋しくなって、今度久し振りで出て来て、早速歌女寿のところへ訪ねて行くと、女は薄情だから見向きもしない。おまけで経師職の生若《なまわけ》え伜なんぞを引っ張って来たのを見たもんだから、坊主はむやみに口惜《くや》しくなって、なんとかして意趣返しをしてやろうと、そこらの安宿を転《ころ》げあるきながら、足かけ二カ月越しも付け狙っているうちに、歌女寿の娘が去年死んで、それからお化け師匠の評判が立っているのを聞き込んで、根が坊主だけに、死霊の祟りなん
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