声で呼び止めた。
「へえ。なんぞ御用で……」と、弥三郎は何だかおどおどしながら立ち停まった。
「少しお前さんに訊きたいことがある。まあ、ここへ来ておくんなさい」
半七は彼を師匠の墓の前へ連れ戻して、二人は草の上にしゃがんだ。けさは薄く陰《くも》っているので、まだ乾かない草の露が二人の草履のうらにひやびやと泌みた。
「おまえさん御奇特に毎月この墓へお詣りに来なさるそうですね」と、半七は先ず何げなしに云った。
「へえ、若い師匠のところへはちっとばかり稽古に行ったもんですから」と、弥三郎は丁寧に答えた。彼はきのうの朝以来、半七の身分を大抵察しているらしかった。
「そこで、くどいことは云わねえ、手短かに話を片付けるが、おまえさんは死んだ若い師匠とどうかしていたんだろうね」
弥三郎の顔色は変った。かれは黙って俯向いて、膝の下の青い葉をむしっていた。
「ねえ、正直に云って貰おうじゃねえか。おまえさんが若い師匠とどうかしていた。ところが、師匠はあんな惨《みじ》めな死に様をした。丁度その一周忌に大師匠が又こんなことになった。因縁といえば不思議な因縁だが、ただ不思議だとばかり云っちゃいられねえ。若い
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