ていうことを考え付いて、とうとう師匠を絞め殺してしまったんですよ。蛇を種に遣ったところは巧く考えましたね」
「その蛇は御符売りのを盗んだんですか」
「本所の安宿に転がっていると、丁度そこへ池鯉鮒の御符売りが泊り合わせたもんだから、それからふと思い付いて、その蛇を一匹盗んだんです。そこで蛇を見なかったら、そんな知恵も出なかったかも知れませんが、師匠も坊主も、つまりおたがいの不運ですね。時候は盆前、娘の一周忌と、うまく道具が揃っているもんだから、夜ふけに水口《みずくち》からそっと忍び込んで、師匠を殺す、蛇をまき付ける。すべておあつらえの通りの怪談が出来あがったんです。わたくしは最初に女中のお村というのに眼をつけていたんですが、これはよく寝込んでいて全くなんにも知らなかったということが後で判りました」
「それにしても、あなたはどうして池鯉鮒の御符売りに手を着けようと考え付いたのです」
それが私には判らなかった。半七老人は又にやにや笑っていた。
「なるほど、今どきの人にゃあ判らないかも知れませんね。むかしは毎年夏場になると、蝮よけ蛇除けの御符売りというものが何処からか出て来るんです。有名な池鯉鮒様のほかにいろいろの贋《まが》いものがあって、その符売りは蛇を入れた箱を頸にかけて、人の見る前でその御符で蛇の頭を撫でると、蛇は小さくなって首を縮めてしまうんです。ほんとうの池鯉鮒様はそんな事はありませんが、贋《まが》い者になるとふだんから蛇を馴らして置く。なんでも御符に針をさして置いて、蛇の頭をちょいちょい突くと、蛇は痛いから首を縮める。それが自然の癖になって、紙で撫でられるとすぐに首を引っ込めるようになる。その蛇を箱に入れて持ち歩いて、さあ御覧なさい、御符の奇特はこの通りでございますと、生きた蛇を証拠にして御符を売って歩くんだということです。わたくしがお化け師匠の頸に巻きついている蛇を見たときに、なんだかひどく弱っている様子がどうも普通の蛇らしくないので、ふっとその蛇除けの贋いものを思い出して、試しに懐紙でちょいと押えると、蛇はすぐに頸を縮めてしまいましたから、さてはいよいよ御符売りの持っている蛇に相違ないと見きわめを付けて、それからだんだんに手繰《たぐ》って行くうちに相手にうまくぶつかったんです。え、その坊主ですか。それは無論死罪になりました」
「御符売りはどうなりました」
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