つまって何とか始末をするでしょうよ」と、源次は云った。
松吉の方からはその晩なんの消息《たより》もなかった。あくる朝、半七は師匠の送葬《とむらい》の様子を窺いながら妙信寺へ出かけてゆくと、師匠の遺骸は駕籠で送られて、町内の者や弟子たちが三四十人ほども付いて来た。その中には源次がいやに眼を光らせているのも見えた。経師職の息子の弥三郎が蒼い顔をしているのも見えた。女中のお村の小さい姿も見えた。半七は知らん顔をして隅に行儀よく坐っていた。
読経が終って、遺骸は更に焼き場へ送って行かれた。会葬者が思い思いに退散するうちに、半七はわざと後れて座を起った。そうして帰りぎわに墓場の方へそっと廻ってみると、一人の男がきのうの墓のまえに拝んでいる。それは経師職の息子に相違ないので、半七は草履の足音をぬすんで、そのうしろの大きい石塔のかげまで忍んで行って耳をすまして窺っていたが、弥三郎はなんにも云わずに唯一心に拝んでいた。やがて拝んでしまって一と足行きかけた時に、うしろの石塔のかげから顔を突き出した半七と彼は初めて眼を見合わせた。弥三郎は少し慌てたような風で、急いでここを立ち去ろうとするのを、半七は小声で呼び止めた。
「へえ。なんぞ御用で……」と、弥三郎は何だかおどおどしながら立ち停まった。
「少しお前さんに訊きたいことがある。まあ、ここへ来ておくんなさい」
半七は彼を師匠の墓の前へ連れ戻して、二人は草の上にしゃがんだ。けさは薄く陰《くも》っているので、まだ乾かない草の露が二人の草履のうらにひやびやと泌みた。
「おまえさん御奇特に毎月この墓へお詣りに来なさるそうですね」と、半七は先ず何げなしに云った。
「へえ、若い師匠のところへはちっとばかり稽古に行ったもんですから」と、弥三郎は丁寧に答えた。彼はきのうの朝以来、半七の身分を大抵察しているらしかった。
「そこで、くどいことは云わねえ、手短かに話を片付けるが、おまえさんは死んだ若い師匠とどうかしていたんだろうね」
弥三郎の顔色は変った。かれは黙って俯向いて、膝の下の青い葉をむしっていた。
「ねえ、正直に云って貰おうじゃねえか。おまえさんが若い師匠とどうかしていた。ところが、師匠はあんな惨《みじ》めな死に様をした。丁度その一周忌に大師匠が又こんなことになった。因縁といえば不思議な因縁だが、ただ不思議だとばかり云っちゃいられねえ。若い
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