しゃい」と、挨拶する声につづいて、二階に合図をするような咳払いの声がきこえた。二人は顔をみあわせた。
「野郎。来たかな」と、熊蔵があわてて起って下をのぞく途端に、背の高い一人の若い武士が刀を持って階子を足早にあがって来た。
「おあがり下さいまし。毎日お寒いことでございます」と熊蔵はわざと笑顔を粧《つく》って挨拶した。
「どうぞこちらへ。けさは女が休んだものですから、二階も散らかって居ります」
「女は休んだか」と、武士は刀掛けに大小をかけながらちょっと首をひねった。そうして、
「お吉は病気かな」と、仔細ありげに訊いた。
「さあ、まだ何とも云ってまいりませんが、流行感冒《はやりかぜ》でも引いたんでございましょう」
武士は黙ってうなずいていたが、やがて着物をぬいで階子を降りて行った。
「あれが連れの奴か」と、半七が小声で訊くと、熊蔵は眼でうなずいた。
「親分、どうしましょう」
「まさか、いきなりにふん縛るわけにも行くめえ。まあ、ここへ上がって来たら、てめえがなんとか巧く云って連れの武士《さむれえ》のことを訊いてみろ。その返事次第でまた工夫もあるだろう。なにしろ相手が武士だ。無暗に振りまわさ
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