、お吉はおどおどしていた。

     三

 こんな商売をしていながら、割合に人|摺《ず》れのしていないお吉は、半七に嚇されてもう息も出ないくらい顫え上がっていた。しかし彼《か》の武士たちの身許《みもと》はどうしても知らないと云った。なんでも麻布辺にお屋敷があるということだけは聞いているが、そのほかにはなんにも知らないと強情を張っていた。それでも半七に嚇したり賺《すか》したりされた挙句に、お吉はようようこれだけのことを吐いた。
「なんでもあの人達は仇討《かたきうち》に出ているんだそうでございます」
「かたき討……」と半七は笑い出した。「冗談じゃあねえ。芝居じゃああるめえし、今どきふたり揃って江戸のまん中で仇討もねえもんだ。だが、まあいいや、かたき討なら仇討として置いて、あの二人の居どこはまったく知らねえんだね」
「まったく知りません」
 この上に責めても素直に口を開きそうもないので、半七もしばらく考えていると、熊蔵が階子《はしご》のあがり口から首を出してあわただしく呼んだ。
「親分。ちょいと顔を貸しておくんなせえ」
「なんだ。そうぞうしい」
 わざと落ち着き払って、半七は階子を降りて
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