はいって、例の軍用金を云い立てに有り金を出せと云った。こっちで素直に渡さなかったので、かれらは大刀をふり廻して主人と番頭に手を負わせた。そうして、そこらに有合わせた金を八十両ほど引っさらって行った。覆面していたから判然《はっきり》とは判らないが、かれらの人相や年頃が彼《か》の二人の怪しい武士に符合していると、熊蔵は付け加えた。
「どうしても彼奴らですよ。わっしの二階を足|溜《だま》りにして奴らはそこらを荒して歩くつもりに相違ありませんぜ。早く何とかしなけりゃあなりますめえ」
「そいつは打捨《うっちゃ》って置けねえな」と、半七も考えていた。
「打捨って置けませんとも……。そのうちに他《よそ》から手でも着けられた日にゃあ、親分ばかりじゃねえ、この湯屋熊の面《つら》が立ちませんからね」
 そう云われると、半七も落ち着いていられなくなった。自分が一旦手を着けかけた仕事を、ほかの者にさらって行かれるのは如何にも口惜しい。と云って、無証拠のものを無暗に召捕るわけには行かなかった。まして相手は武士である。迂濶《うかつ》に手を出して、飛んだ逆捻《さかねじ》を食ってはならないとも思った。
「なにしろ、お
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