半七捕物帳
湯屋の二階
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)屠蘇《とそ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)七草|粥《がゆ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ほ[#「ほ」に傍点]
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     一

 ある年の正月に私はまた老人をたずねた。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます。当年も相変りませず……」
 半七老人に行儀正しく新年の寿を述べられて、書生流のわたしは少し面食らった。そのうちに御祝儀の屠蘇《とそ》が出た。多く飲まない老人と、まるで下戸《げこ》の私とは、忽ち春めいた顔になってしまって、話はだんだんはずんで来た。
「いつものお話で何か春らしい種はありませんか」
「そりゃあむずかしい御註文だ」と、老人は額《ひたい》を撫でながら笑った。「どうで私どもの畑にあるお話は、人殺しとか泥坊とかいうたぐいが多いんですからね。春めいた陽気なお話というのはまことに少ない。しかし私どもでも遣《や》り損じは度々ありました。われわれだって神様じゃありませんから、なにから何まで見透しというわけには行きま
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