半七は云った。
熊蔵は忌々《いまいま》しそうにささやいた。「なにしろ、あの二品をどうするか、私がよく気をつけています」
「もう一人の奴というのはまだ来ねえんだね」
「きょうはどうしたか遅いようですよ」
「なにしろ気をつけてくれ、頼むぜ」
半七はそれから赤坂の方へ用達《ようたし》に廻った。初春の賑やかな往来をあるきながらも、彼は絶えずこの疑問の鍵をみいだすことに頭を苦しめたが、どうも右から左に適当な判断が付かなかった。
「まさか魔法使いでもあるめえ。あんな物を持ち廻って、何か祈祷か呪《まじな》いでもするか、それとも御禁制の切支丹か」
黒船以来、宗門改めも一層厳重になっている。もしかれらが切支丹宗門の徒であるとすれば、これも見逃がすことは出来ない。どっちにしても眼を放されない奴らだと半七はかんがえていた。赤坂から家へ帰って、その晩は無事に寝る。と、あくる朝のまだ薄暗いうち、かの湯屋熊が又飛び込んで来た。
「親分、大変だ。大変だ。あいつらがとうとう遣りゃがった。こっちの手遅れで口惜しいことをしてしまった」
熊蔵の報告によると、ゆうべ同町内の伊勢屋という質屋へ浪人風の二人組の押し込みがはいって、例の軍用金を云い立てに有り金を出せと云った。こっちで素直に渡さなかったので、かれらは大刀をふり廻して主人と番頭に手を負わせた。そうして、そこらに有合わせた金を八十両ほど引っさらって行った。覆面していたから判然《はっきり》とは判らないが、かれらの人相や年頃が彼《か》の二人の怪しい武士に符合していると、熊蔵は付け加えた。
「どうしても彼奴らですよ。わっしの二階を足|溜《だま》りにして奴らはそこらを荒して歩くつもりに相違ありませんぜ。早く何とかしなけりゃあなりますめえ」
「そいつは打捨《うっちゃ》って置けねえな」と、半七も考えていた。
「打捨って置けませんとも……。そのうちに他《よそ》から手でも着けられた日にゃあ、親分ばかりじゃねえ、この湯屋熊の面《つら》が立ちませんからね」
そう云われると、半七も落ち着いていられなくなった。自分が一旦手を着けかけた仕事を、ほかの者にさらって行かれるのは如何にも口惜しい。と云って、無証拠のものを無暗に召捕るわけには行かなかった。まして相手は武士である。迂濶《うかつ》に手を出して、飛んだ逆捻《さかねじ》を食ってはならないとも思った。
「なにしろ、お
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