ませんわ」
「亭主でも情夫《いろ》でも兄弟でも構わねえ。あの女に付いている男は誰だっけね」
「金さんのこってすか」と、娘は笑いながら云った。
「そう、そう。金次といったっけ。あいつの家は向う両国だね。小柳も一緒にいるんだろう」
「ほほ、どうですか」
「金次は相変らず遊んでいるだろう」
「なんでも元は大きい呉服屋に奉公していたんだそうですが、小柳さんのところへ反物を持って行ったのが縁になって……。小柳さんよりずっと年の若い、おとなしそうな人ですよ」
「ありがてえ。それだけ判りゃあ好いんだ」
半七はそこを出て、すぐそばの見世物小屋にはいった。この小屋は軽業師の一座で、舞台では春風小柳という女が綱渡りや宙乗りのきわどい曲芸を演じていた。小柳は白い仮面《めん》をかぶったような厚化粧をして、せいぜい若々しく見せているが、ほんとうの年齢《とし》はもう三十に近いかも知れない。墨で描いたらしい濃い眉と、紅を眼縁《まぶた》にぼかしたらしい美しい眼とを絶えず働かせながら、演技中にも多数の見物にむかって頻りに卑しい媚《こび》を売っている。それがたまらなく面白いもののように、見物は口をあいてみとれていた。半
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