からです。菊村は古い店ですからね。そこで私はすぐに駕籠を呼びに行きました。そのあいだ何と云って誘って来たのか知りませんが、とうとう其の娘を馬道《うまみち》の方へ引っ張り出して来たんです。駕籠は二挺で、小柳と娘が駕籠に乗って先へ行って、わたしは後からあるいて帰りました。帰ってみると、娘は泣いている。近所へきこえると面倒だから、猿轡《さるぐつわ》を嵌《は》めて戸棚のなかへ押し込んでおけと小柳が云うんです。あんまり可哀そうだとは思いましたが、ええ意気地のねえ、何をぐずぐずしているんだねと、あいつが無暗《むやみ》に剣突《けんつく》を食わせるもんですから、わたしも手伝って奥の戸棚へ押し込んでしまいました」
「小柳という奴は、よくねえ女だということは、おれも前から聞いていたが、まるで一つ家のばばあだな。それからどうした」
「その晩すぐ近所の山女衒《やまぜげん》を呼んで来て、潮来《いたこ》へ年一杯四十両ということに話がきまりました。安いもんだが仕方がないというんで、あくる朝、駕籠に乗せて女衒と一緒に出してやりましたが、その女衒の帰らないうちは一文もこっちの手にはいらない。なにしろもう十二月の声を聞いてからは、毎日のようにいろいろの鬼が押し寄せてくる。苦しまぎれに小柳は又こんなことを考え出したのです。娘を潮来へやるときに、売物には花とかいうんで、着ていた黄八丈を引っぱがして、小柳のよそ行きと着換えさせてやったもんですから、娘の着物はそっくりこっちに残っている」
「むむ。その黄八丈の着物と藤色の頭巾で、小柳が娘に化けて菊村へ忍び込んだな。やっぱり金を取るつもりか」
「そうです」と、金次はうなずいた。「金は手箱に入れておふくろの居間にしまってあるということは、娘をおどして聞いて置いたんです」
「それじゃあ始めからその積りだったんだろう」
「どうだか判りませんが、小柳は苦しまぎれによんどころなく斯《こ》んなことをするんだと云っていました。だが、おとといの晩は巧く行かないで、すごすご帰って来ました。今夜こそはきっと巧くやって来ると云って、ゆうべも夕方から出て行きましたが……。やっぱり手ぶらで帰って来て、『今夜もまたやり損じた。おまけに嬶《かかあ》が大きな声を出しゃあがったから、自棄《やけ》になって土手っ腹をえぐって来た』と、こう云うんです。大哥の前ですが、わたしはふるえて、しばらくは口が利
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