してもいられません。お察し下さい」
 思い出してもぞっ[#「ぞっ」に傍点]とすると云うように、お道はこの話をする間にも時々に息を嚥《の》んで身をおののかせていた。そのおどおどしている眼の色がいかにも偽りを包んでいるようには見えないので、兄は考えさせられた。
「そんな事がまったくあるかしらん」
 どう考えても、そんなことが有りそうにも思われなかった。小幡が取り合わないのも無理はないと思った。松村も「馬鹿をいえ」と、頭から叱りつけてしまおうかとも思ったが、妹がこれほどに思い詰めているいるものを、唯いちがいに叱って追いやるのも何だか可哀そうのようでもあった。殊に妹はこんなことを云うものの、この事件の底にはまだほかに何かこみいった事情がひそんでいないとも限らない。いずれにしても小幡に一度|逢《あ》った上で、よくその事情を確かめてみようと決心した。
「お前の片口《かたくち》ばかりでは判らん。ともかくも小幡に逢って、先方の料簡《りょうけん》を訊いてみよう、万事おれに任しておけ」
 妹を自分の屋敷に残して置いて、松村は草履取り一人を連れて、すぐ西江戸川端に出向いた。

     二

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