って頂きとうございます」と、突然に飛んだことを云い出して、兄の松村をおどろかした。兄はその仔細《しさい》を聞きただしたが、お道は蒼《あお》い顔をしているばかりで何も云わなかった。
「云わないで済むわけのものでない。その仔細をはっきりと云え。女が一旦他家へ嫁入りをした以上は、むやみに離縁なぞすべきものでも無し、されるべき筈のものでもない。唯《ただ》だしぬけに暇を取ってくれでは判《わか》らない。その仔細をよく聞いた上で、兄にも成程と得心《とくしん》がまいったら、また掛け合いのしようもあろう。仔細を云え」
 この場合、松村でなくても、まずこう云うよりほかはなかったが、お道は強情に仔細を明かさなかった。もう一日もあの屋敷にはいられないから暇を貰ってくれと、ことし二十一になる武家の女房が、まるで駄々っ子のように、ただ同じことばかり繰り返しているので、堪忍強い兄もしまいには焦《じ》れ出した。
「馬鹿、考えてもみろ、仔細も云わずに暇を貰いに行けると思うか。また、先方でも承知すると思うか。きのうや今日《きょう》嫁に行ったのでは無し、もう足掛け四年にもなり、お春という子までもある。舅《しうと》小姑《こじ
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