前、屋敷中の者どもの手前、なんとかおさまりを付けなければなるまいが、どうしたものでござろう」
 小幡から相談をうけてKのおじさんも考えた。結局、おじさんの菩提寺の僧を頼んで、表向きは得体《えたい》の知れないお文の魂のための追善供養を営むということにした。お春は医師の療治をうけて夜|啼《な》きをやめた。追善供養の功力《くりき》によって、お文の幽霊もその後は形を現わさなくなったと、まことしやかに伝えられた。
 その秘密を知らない松村彦太郎は、世の中には理屈で説明のできない不思議なこともあるものだと首をかしげて、日頃自分と親しい二、三の人達にひそかに話した。わたしの叔父もそれを聴いた一人であった。
 お文の幽霊を草双紙のなかから見つけ出した半七の鋭い眼力を、Kのおじさんは今更のように感服した。浄円寺の住職はなんの目的でお道に恐ろしい運命を予言したか、それに就いては半七も余り詳しい註釈を加えるのを憚《はばか》っているらしかったが、それから半年の後にその住職は女犯《にょぼん》の罪で寺社方の手に捕らわれたのを聴いて、お道は又ぞっ[#「ぞっ」に傍点]とした。彼女は危い断崖の上に立っていたのを、幸いに
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