御覧なさい」
 半七は先に立って歩いた。二人は安藤坂をのぼって、本郷から下谷の池の端へ出た。きょうは朝からちっとも風のない日で、暮春の空は碧《あお》い玉を磨いたように晴れかがやいていた。
 火の見|櫓《やぐら》の上には鳶《とんび》が眠ったように止まっていた。少し汗ばんでいる馬を急がせてゆく、遠乗りらしい若侍の陣笠のひさしにも、もう夏らしい光りがきらきらと光っていた。
 小幡が菩提所の浄円寺は、かなりに大きい寺であった。門をはいると、山吹が一ぱいに咲いているのが目についた。ふたりは住職に逢った。
 住職は四十前後で、色の白い、髯《ひげ》のあとの青い人であった。客の一人は侍、一人は御用聞きというので、住職も疎略に扱わなかった。
 ここへ来る途中で、二人は十分に打合わせをしてあるので、おじさんは先ず口を切って、小幡の屋敷にはこの頃怪しいことがあると云った。奥さんの枕もとに女の幽霊が出ると話した。そうして、その幽霊を退散させるために何か加持祈祷《かじきとう》のすべはあるまいかと相談した。
 住職は黙って聴いていた。
「して、それは殿さま奥さまのお頼みでござりまするか。又あなた方の御相談でござり
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