んぼりと俯向《うつむ》いているのであった。腰元はまさしく幽霊であった。庭先には杜若《かきつばた》の咲いている池があって、腰元の幽霊はその池の底から浮き出したらしく、髪も着物もむごたらしく湿《ぬ》れていた。幽霊の顔や形は女こどもをおびえさせるほどに物凄く描いてあった。
 おじさんはぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。その幽霊の物凄いのに驚くよりも、それが自分の頭のなかに描いているおふみの幽霊にそっくりであるのにおびやかされた。その草双紙を受取ってみると、外題《げだい》は新編うす墨草紙、為永瓢長作と記してあった。
「あなた、借りていらっしゃい。面白い作ですぜ」と、半七は例の眼で意味ありげに知らせた。
 おじさんは二冊の草双紙をふところに入れて、ここを出た。
「わたくしもその草双紙を読んだことがあります。きのうあなたに幽霊のお話をうかがった時に、ふいとそれを思い出したんですよ」と、往来へ出てから半七が云った。
「して見ると、この草双紙の絵を見て、怖い怖いと思ったもんだから、とうとうそれを夢に見るようになったのかも知れない」
「いいえ、まだそればかりじゃありますまい。まあ、これから下谷に行って
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