け見えるとしても、ここへ来てから四年の後に初めて姿をあらわすというのも不思議である。しかしこの場合、ほかに詮議のしようもないから、差し当っては先ず屋敷じゅうの者どもを集めて問いただしてみようというのであった。
「なにぶんお願い申す」と、松村も同意した。小幡は先ず用人《ようにん》の五左衛門を呼び出して調べた。かれは今年四十一歳で譜代の家来であった。
「先《せん》殿様の御代《おだい》から、かつて左様な噂を承ったことはござりませぬ。父からも何の話も聞き及びませぬ」
 彼は即座に云い切った。それから若党《わかとう》や中間《ちゅうげん》どもを調べたが、かれらは新参の渡り者で、勿論なんにも知らなかった。次に女中共も調べられたが、かれらは初めてそんな話を聞かされて唯ふるえ上がるばかりであった。詮議はすべて不得要領に終った。
「そんなら池を浚《さら》ってみろ」と、小幡は命令した。お道の枕辺にあらわれる女が濡れているというのを手がかりに、或いは池の底に何かの秘密が沈んでいるのではないかと考えられたからであった。小幡の屋敷には百坪ほどの古池があった。
 あくる日は大勢の人足をあつめて、その古池の掻掘《かい
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