こり笑った。
「なにか心当りがあるかね」
「小幡の奥様はお美しいんですか」
「まあ、いい女の方だろう。年は二十一だ」
「そこで旦那。いかがでしょう」と、半七は笑いながら云った。「お屋敷方の内輪《うちわ》のことに、わたくしどもが首を突っ込んじゃあ悪うございますが、いっそこれはわたくしにお任せ下さいませんか。二、三日の内にきっと埒《らち》をあけてお目にかけます。勿論、これはあなたとわたくしだけのことで、決して他言は致しませんから」
 Kのおじさんは半七を信用して万事を頼むと云った。半七も受け合った。しかし自分は飽くまでも蔭の人として働くので、表面はあなたが探索の役目を引き受けているのであるから、その結果を小幡の屋敷へ報告する都合上、御迷惑でも明日《あした》からあなたも一緒に歩いてくれとのことであった。どうで閑《ひま》の多い身体《からだ》であるから、おじさんもじきに承知した。商売人の中でも、腕利きといわれている半七がこの事件をどんなふうに扱うかと、おじさんは多大の興味を持って明日を待つことにした。その日は半七に別れて、おじさんは深川の某所に開かれる発句の運座《うんざ》に行った。
 その晩は遅く帰ったので、おじさんは明くる朝早く起きるのが辛かった。それでも約束の時刻に約束の場所で半七に逢った。
「きょうは先ず何処へ行くんだね」
「貸本屋から先へ始めましょう」
 二人は音羽の田島屋へ行った。おじさんの屋敷へも出入りするので、貸本屋の番頭はおじさんを能《よ》く知っていた。半七は番頭に逢って、正月以来かの小幡の屋敷へどんな本を貸し入れたかと訊いた。これは帳面に一々しるしてないので、番頭も早速の返事に困ったらしかったが、それでも記憶のなかから繰り出して二、三種の読本《よみほん》や草双紙の名をならべた。
「そのほかに薄墨草紙という草双紙を貸したことはなかったかね」と、半七は訊いた。
「ありました。たしか二月頃にお貸し申したように覚えています」
「ちょいと見せてくれないか」
 番頭は棚を探して二冊つづきの草双紙を持ち出して来た。半七は手に取ってその下の巻をあけて見ていたが、やがて七、八丁あたりのところを繰り拡げてそっとおじさんに見せた。その※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28] 絵は武家の奥方らしい女が座敷に坐っていると、その縁先に腰元風の若い女がしょ
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