、わたしに説明してくれた。
それを聽いてからお道には暗い陰が絆《まつ》はつて離れなかつた。どんな禍《わざはひ》が降りかゝつて來やうとも自分だけは前世の約束とも諦めよう。しかし可愛い娘にまでまきぞへの禍《わざはひ》を着せると云ふことは、母の身として考へることさへも怖ろしかつた。あまりに痛々しかつた。お道にとつては、夫も大切に相違なかつたが、娘は更に可愛かつた。自分の命よりもいとほしかつた。第一に娘を救ひ、あはせて自分の身を全うすることは、飽きも飽かれもしない夫の家を去るよりほかにないと思つた。
それでも彼女は幾たびか躊躇した。そのうち二月も過ぎて、娘のお春の節句が來た。小幡の家でも雛を飾つた。緋桃白桃の影をおぼろに揺《ゆる》がせる雛段の夜の灯を、お道は悲しく見つめた。來年も再來年も無事に雛祭が出來るであらうか。娘はいつまでも無事であらうか。呪はれた母と娘とは何方《どちら》が先に禍《わざはひ》を受けるのであらうか。そんな恐れと悲しみとが彼女の胸一ぱいに擴がつて、あはれなる母は今年の白酒に酔へなかつた。
小幡の家では五日の日に雛をかたづけた。今更ではないが雛の別れは寂しかつた。その日の
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