吐《つ》いておいでになりますので、わたくしも何だか不安心になつてまゐりまして、『それはどうした譯でございませう。』と怖々うかゞひますと、和尚様は氣の毒さうに、『どうも貴方《あなた》は御相《ごさう》がよろしくない。御亭主を持つてゐられると、今に御命にもかゝはるやうな禍《わざはひ》が來る。出來ることならば獨身におなり遊ばすとよいが、左もないと貴方ばかりでない、お嬢様にも、おそろしい災難が落ちて來るかも知れない。』と諭《さと》すやうに仰しやいました。かう聞いて私もぞつ[#「ぞつ」に傍点]としました。自分は兎《と》もあれ、せめて娘だけでも災難を逃れる工夫《くふう》はございますまいかと押返して伺ひますと、和尚様は『お氣の毒であるが、母子《おやこ》は一體、あなたが禍を避ける工夫をしない限りは、お嬢様も所詮逃れることはできない。』と……。さう云はれた時の……わたくしの心は……御察し下さいまし。」と、お道は聲を立てゝ泣いた。
「今のお前達が聞いたら、一口に迷信とか馬鹿々々しいとか蔑《けな》してしまふだらうが、その頃の人間、殊に女などは皆《み》んなさうしたものであつたよ。」と、をぢさんはこゝで註を入れて
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