なつて幽靈の講釋でもあるまい。松村彦太郎、好い年をして馬鹿な奴だと、相手に腹を見られるのも殘念である。なんとか巧い掛合の法はあるまいかと工夫《くふう》を凝らしたが、問題が、あまり單純であるだけに、横からも縦からも話の持つて行きやうがなかつた。
 西江戸川端の屋敷には主人の小幡伊織が居あはせて、すぐに座敷に通された。時候の挨拶などを終つても、松村は自分の用向を云ひ出す機會を捉へるのに苦しんだ。どうで笑はれると覺悟をして來たものの、さて相手の顔をみると何うも幽靈の話は云ひ出しにくかつた。そのうちに小幡の方から口を切つた。
「お道は今日御屋敷へ伺ひませんでしたか。」
「まゐりました。」とは云つたが、松村はやはり後の句が繼《つ》げなかつた。
「では、お話し申したか知らんが、女子供は馬鹿なもので、なにか此頃《このごろ》幽靈が出るとか申して、はゝゝゝゝ。」
 小幡は笑つてゐた。松村も仕方がないので一緒に笑つた。しかし、笑つてばかりゐては濟まない場合であるので、彼はこれを機《しほ》に思ひ切つておふみの一件を話した。話してしまつてから彼は汗を拭《ふ》いた。かうなると、小幡も笑へなくなつた。かれは困つた
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