た。
「併し世の中には解らないことがある。あのおふみの一件なぞは……。」
 おふみの一件が何であるかは誰も知らなかつた。叔父も自己の主張を裏切るやうな、この不可解の事實を發表するのが如何にも殘念であつたらしく、それ以上には何も祕密を洩さなかつた。父に訊《き》いても話してくれなかつた。併しその事件の蔭にはKのをぢさんが潜んでゐるらしいことは、叔父の口ぶりに因《よ》つて略《ほ》ぼ想像されたので、わたしの稚い好奇心は到頭《たうとう》わたしを促《うなが》してKのをぢさんのところへ奔《はし》らせた。私はその時まだ十二であつた。Kのをぢさんは、肉縁の叔父ではない。父が明治以前から交際してゐるので、わたしは稚い時から此人ををぢさんと呼び慣はしてゐたのである。
 わたしの質問に對して、Kのをぢさんも滿足な返答をあたへて呉《く》れなかつた。
「まあ、そんなことは何《ど》うでも可い。つまらない化物の話なんぞすると、お父さんや叔父さんに叱られる。」
 ふだんから話好きのをぢさんもこの問題については堅く口を結んでゐるので、わたしも押返して詮索する手がかりが無かつた。學校で毎日のやうに物理學や數學をどしどし詰め
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