した。平生から蒼白い顔のいよいよ蒼ざめているのが、わたしの眼につきました。
「ええ、今からこんなに寒くなっちゃやりきれません。」
いつもは膳と飯櫃《めしびつ》を置いて、すぐに立ちさる伊佐子さんが、今夜は入口に立て膝をしたままで又話しかけました。
「須田さん。あなたはゆうべ、山岸さんと一緒にお帰りでしたね。」
「ええ。」と、わたしは少しあいまいに答えました。この場合、伊佐子さんから山岸のことを何か聞かれては困ると思ったからです。
「山岸さんは何かあなたに話しましたか。」と、果して伊佐子さんは訊きはじめました。
「何かとは……。どんな事です。」
「でも、この頃は山岸さんのお国からたびたび電報がくるんですよ。今月になっても、一週間ばかりのうちに三度も電報が来ました。そのあいだに郵便も来ました。」
「そうですか。」と、私はなんにも知らないような顔をしていました。
「それには何か、事情があるんだろうと思われますが……。あなたはなんにもご承知ありませんか。」
「知りません。」
「山岸さんはゆうべなんにも話しませんでしたか。わたしの推量では、山岸さんはもうお国の方へ帰ってしまうんじゃないかと思うん
前へ
次へ
全40ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング