来て、ちょっと帰って来いというんです。父は九州のFという町でやはり弁護士を開業しているんですが、早い子持ちで、廿三の年にわたしを生んだのだから、去年は五十二で、土地の同業者間ではまずいい顔になっている。そのおかげで私もまあこうしてぶらぶらしていられるんですが……。その父も毎々の失敗にすこし呆れたんでしょう。ともかくも一度帰って来いというので、去年の暮から今年の正月にかけて……。それは君も知っているでしょう。それから東京へ帰って来たときに、わたしの様子に何か変ったところがありましたか。」
「いいえ、気がつきませんでした。」と、わたしは首をふりました。
「そうでしたか。なんぼ私のような人間でも、三回も受験に失敗しているんだから、久しぶりで国へ帰って、父の前へ出ると、さすがにきまりが悪い。そこは人情で、なにかの言い訳もしたくなる。その言い訳のあいだに口がすべって、髪の白い女のことをうっかりしゃべってしまったんです。すると、父は俄かにくちびるを屹《きっ》と結んで、しばらく私の顔を見つめていたが、やがて厳粛な口調で、お前それは本当かという。本当ですと答えると、父は又だまってしまって、それぎりなん
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