付いているのと、もう一つには、幸いに郷里の方が相当に暮らしているので、一年や二年は遊んでいても困ることはないという安心があったからでした。」
「そこで、あなたはその女に就いてどう考えておいでになったんです。」
「それは神経衰弱の結果だと見ていました。」と、山岸は答えました。「幾らのん気な人間でも、試験前には勉強する。殊にその当時は学校を出てから間もないので、毎晩二時三時ごろまでも勉強していたから、神経衰弱の結果、そういう一種の幻覚を生じたものだろうと判断しました。したがって、さのみ不思議とも思いませんでした。」
「その女はそれぎり姿を見せませんでしたか。」と、わたしは追いかけるように訊いた。
「いや、お話はこれからですよ。その頃わたしは神田に下宿していたんですが、何分にも周囲がそうぞうしくって、いよいよ神経を苛立《いらだ》たせるばかりだと思ったので、さらに小石川の方へ転宿して、その翌年に第二回の試験を受けると、これも同じ結果に終りました。わたしの机の前には、やはり髪の白い女の姿があらわれて、わたしが書いている紙の上をじっと覗いているんです。畜生、又来たかと思っても、それに対抗するだけの
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