と認めていたが、ほんとうの大尉その人に比較して能く視ると、まるで似付かないほどに顔が違っていた。陸軍大尉の軍服は着けているが、どこの誰だか判らないということになってしまった。要するに彼はほんとうの軍人でない、何者かが軍人に変装してこの火薬庫へ窺《うかが》い寄ったのではあるまいかという決論に到着した。果してそうならば問題がまた重大になって来るので、死体を一先《ひとま》ず室内へ舁《か》き入れて、何や彼《か》やと評議をしている中《うち》に、短い夏の夜《よ》はそろそろ白んで来た。死体は仰向《あおむけ》に横《よこた》えて、顔の上には帽子が被せてあった。
 とにかくに人相書《にんそうがき》を認《したた》める必要があるので、一人の少尉がその死体の顔から再び帽子を取除《とりの》けると、彼は思わずあっ[#「あっ」に傍点]と叫んだ。硝子《ガラス》の窓から流れ込む暁《あかつき》の光に照された死体の顔は、いつの間にか狐に変っていた。狐が軍服を着ていたのであった。
「狐が化けるはずはない。」
 若い士官たちは容易に承認しなかった。しかし現在そこに横《よこたわ》っている死体は、人間でない、勿論M大尉でない。たしか
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