を出したり、団十郎の手廻りの用などを足していた。いうまでもなく団十郎の弟子である。
「綺麗な児《こ》だが、何といいます。」
 父が訊《き》くと、団十郎は笑って答えた。
「団五郎というのです。いたずら者で――。」
 答はこれだけの極めて簡短なものであったが、その笑みを含んだ口吻《くちぶり》にも、弟子を見遣《みや》った眼の色にも、一種の慈愛が籠っていた。この児は師匠に可愛《かあい》がられているのであろうと、私も子供心に推量した。
「今に好い役者になるでしょう。」
 父が重ねていうと、団十郎はまた笑った。
「どうですかねえ。しかしまあ、どうにかこうにかもの[#「もの」に傍点]にはなりましょうよ。」
 若い弟子に就ての問答はこれだけであった。やがて幕が明くと、団十郎は水戸黄門で舞台に現れた。その太刀持を勤めている小姓は、かの団五郎であった。彼は楽屋で見たよりも更に美しく見えた。私は団五郎が好きになった。
 けれども、彼はその後いつも眼に付くほどの役を勤めていなかった。番附をよく調べて見なければ、出勤しているのかいないのか判らない位であった。その中《うち》に私もだんだんに年を取った。団五郎に対す
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