、十二月になっても更に蕾《つぼみ》を出さない。無暗《むやみ》に葉が伸びるばかりである。どうも望みがないらしいと思っているところへ、K君が来た。K君は園芸の心得ある人で、この水仙を見ると首を傾《かし》げた。
「君、これはどうもむずかしいよ。恐《おそら》く花は持つまい。」
 こういって、K君は笑った。私も頭を掻《か》いて笑った。その当時K君の忰《せがれ》は病床に横《よこた》わっていたが、病院へ入ってから少しは良《い》いということであった。ところが、その月の中旬に寒気が俄《にわか》に募《つの》ったためか、K君の忰は案外に脆《もろ》く仆《たお》れてしまった。K君の忰は蕾ながらにして散ってしまったのである。私の家の水仙はその蕾さえも持たずして、空しく枯れてしまうであろうと思われた。
 年が明けた。ある暖い朝、私がふとかの水仙の鉢を覗《のぞ》くと、長く伸びた葉の間から、青白い袋のようなものが見えた。私は奇蹟を目撃したように驚いた。これは確《たしか》に蕾である。それから毎日|欠《かか》さずに注意していると、葉と葉との間からは総て蕾がめぐんで来た。それが次第に伸びて拡《ひろ》がって来た。もうこうなると
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