て行く継子さんはどんなに楽しいことでしょう。それに付いて行くわたくしは、どうしてもお供という形でございます。いえ、別に嫉妬《やきもち》を焼くわけではございませんが、正直のところ、まあそんな感じがないでもありません。けれども、また一方にはふだんから仲のいい継子さんと一緒に、たとい一日でも二日でも春の温泉場へ遊びに行くという事がわたくしを楽しませたに相違ありません。
ことにその日は二月下旬の長閑《のどか》な日で、新橋を出ると、もうすぐに汽車の窓から春の海が広々とながめられます。わたくし共の若い心はなんとなく浮き立って来ました。国府津《こうづ》へ着くまでのあいだも、途中の山や川の景色がどんなに私どもの眼や心を楽しませたか知れません。国府津から小田原、小田原から湯河原、そのあいだも二人は絶えず海や山に眼を奪われていました。宿屋の男に案内されて、ふたりが馬車に乗って宿に行き着きましたのは、もう午後四時に近いころでした。
「やあ、来ましたね。」
継子さんの兄さんは嬉しそうにわたくし共を迎えてくれました。お兄さんは不二雄さんと仰しゃるのでございます。不二雄さんはもうすっかり癒ったと言って、元気も
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