んならおれがお前を相方にする。そうして、勝手に帰してやる。仲居《なかい》を呼べ」
 それならば幾らか筋道が立っているので、お染は言われたままに仲居をここへ呼んで来た。
「仲居の雪《ゆき》でござります。なんぞ御用と仰しゃりますか」
「ほかでもない。この女をおれにぜひ買わせてくれ」
 仲居はふき出した。
「あの、お前さまの戯言《てんごう》ばっかり。このお染さまはお前のお相方ではござりませぬか」
「ほう、いつの間にかおれの相方と決まっていたか」と、男も笑い出した。「それならば面倒はない。花代はおれが払うから直ぐに帰してやれ。勤め振りが悪いので帰すのでない、気に入らぬので帰すのでない。その訳を主人によく話して聞かせて、この女の叱られぬようにしてやってくれ。よいか」
「ありがとうござります」と、仲居のお雪は取りあえず礼を言った。
 しかし座敷の引けないうちにすぐお染を帰す訳にはいかないから、ともかくも二人ながら座敷へ一旦戻って、酒の果てるまで機嫌よく遊んでいてくれと言った。
 お染は無論に承知した。男も承知した。二人はお雪に導かれて、再びもとの座敷へ戻ると、薄暗いところからはいって来たお染の眼に
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