て繍鸞を呼ぶと、東西の廊下から同じ女が出て来た。顔かたちから着物は勿論、右の襟の角の反れているのから、左の袖を半分捲いているのまで、すべて寸分も違わないので、夫人はおどろいて殆んど仆れそうになった。やがて気を鎮めてよく視ると、繍鸞の姿はいつか一人になっていた。
「お前はどっちから来ました」
「西のお廊下から参りました」
「東の廊下から来た人を見ましたか」
「いいえ」
これは七月のことで、その十一月に夫人は世を去った。彼女の寿命がまさに尽きんとするので、妖怪が姿を現わすようになったのかとも思われる。
牛寃《ぎゅうえん》
姚安公《ちょうあんこう》が刑部に勤めている時、徳勝門外に七人組の強盗があって、その五人は逮捕されたが、王五《おうご》と金大牙《きんたいが》の二人はまだ縛《ばく》に就かなかった。
王五は逃れて※[#「さんずい+敦」、第3水準1−87−12]《かく》県にゆくと、路は狭く、溝は深く、わずかに一人が通られるだけの小さい橋が架けられていた。その橋のまんなかに逞ましい牛が眼を怒らせて伏していて、近づけば角《つの》を振り立てる。王はよんどころなく引っ返して、路をかえて行
前へ
次へ
全29ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング