でも絡み付いていられるので、よんどころなく前にいったような方法を取るのである。

   海和尚、山和尚

 潘《はん》なにがしは漁業に老熟しているので、常にその獲物《えもの》が多かった。ある日、同業者と共に海浜へ出て網を入れると、その重いこと平常に倍し、数人の力をあわせて纔《わず》かに引き上げることが出来た。見ると、網のなかに一尾の魚もない。ただ六、七人の小さい人間が坐っていて、漁師らをみて合掌|頂礼《ちょうらい》のさまをなした。かれらの全身は毛に蔽われてさながら猿のごとく、その頭の天辺だけは禿《は》げたようになって一本の毛も見えなかった。何か言うようでもあるが、その語音《ごいん》はもとより判らない。
 とにかくに異形《いぎょう》の物であるので、漁師らも網を開いて放してやると、かれらは海の上をゆくこと数十歩にして、やがて浪の底に沈んでしまった。土人の或る者の説によると、それは海和尚《かいおしょう》と呼ぶもので、その肉を乾して食らえば一年間は飢えないそうである。
 また、別に山和尚《さんおしょう》というものがある。
 李姓《りせい》のなにがしという男が中州に旅行している時、その土地に大水が出たので、近所の山へ登って避難することになったが、水はいよいよ漲《みなぎ》って来たので、その人はよんどころなく更に高い山頂に逃げのぼると、そこに小さい草の家が見いだされた。それは山に住む農民が耕地を見まわりの時に寝泊まりするところで、家の内には草を敷いてある。やがて日も暮れかかるので、彼はそのあき家にはいって一夜を明かすことにした。
 その夜半である。
 大水をわたって来る者があるらしいので、李はそっと表をうかがうと、ひとりの真っ黒な、脚のみじかい和尚が水面を浮かんで近寄って来る。それが怪物らしいので、彼は大きい声をあげて人を呼ぶと、黒い和尚も一旦はやや退いたが、やがてまた進んで来るので、彼も今は途方にくれて、一方には人の救いを呼びつづけながら、一方にはそこにある竹杖をとって無暗に叩き立てているところへ、他の人びともあつまって来た。
 大勢の人かげを見て、怪物はどこへか立ち去ってしまって、夜のあけるまで再び襲って来なかった。水が引いてから土地の人の話を聞くと、それは山和尚というもので、人が孤独でいるのを襲って、その脳を食らうのであると。

   火箭

 乾隆六年、嘉興《かこう》の知
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