る家の小児もまた同じ驚風にかかって苦しみ始めたが、その父の知人に鄂《がく》某というのがあった。かれは宮中の侍衛を勤める武人で、ふだんから勇気があるので、それを聞いて大いに怒った。
「怪しからぬ化け物め。おれが退治してくれる」
鄂は弓矢をとって待ちかまえていて、黒い鳥がともしびに近く舞って来るところを礑《はた》と射ると、鳥は怪しい声を立てて飛び去ったが、そのあとには血のしずくが流れていた。それをどこまでも追ってゆくと、大司馬《たいしば》の役を勤める李《り》氏の邸に入り、台所の竈《かまど》の下へ行って消えたように思われたので、鄂はふたたび矢をつがえようとするところへ、邸内の者もおどろいて駈け付けた。主人の李公は鄂と姻戚の関係があるので、これも驚いて奥から出て来た。鄂が怪鳥を射たという話を聞いて、李公も不思議に思った。
「では、すぐに竈の下をあらためてみろ」
人びとが打ち寄って竈のあたりを検査すると、そのそばの小屋に緑の眼をひからせた老女が仆《たお》れていた。
老女は猿のような形で、その腰には矢が立っていた。しかし彼女は未見の人ではなく、李公が曾《かつ》て雲南《うんなん》に在ったときに雇い入れた奉公人であった。雲南地方の山地には苗《びょう》または※[#「けものへん+搖のつくり」、296−4]《よう》という一種の蛮族が棲んでいるが、老女もその一人で、老年でありながら能く働き、且《かつ》は正直|律義《りちぎ》の人間であるので、李公が都へ帰るときに家族と共に伴い来たったものである。それが今やこの怪異をみせたので、李氏の一家は又おどろかされた。老女は矢傷に苦しみながらも、まだ生きていた。
だんだん考えてみると、彼女に怪しい点がないでもない。よほどの老年とみえながら、からだは甚だすこやかである。蛮地の生まれとはいいながら、自分の歳を知らないという。殊《こと》に今夜のような事件が出来《しゅったい》したので、主人も今更のようにそれを怪しんだ。あるいは妖怪が姿を変じているのではないかと疑って、厳重にかの女を拷問《ごうもん》すると、老女は苦しい息のもとで答えた。
「わたくしは一種の咒文《じゅもん》を知っていまして、それを念じると能く異鳥に化けることが出来ますので、夜のふけるのを待って飛び出して、すでに数百人の子供の脳を食いました」
李公は大いに怒って、すぐにかの女をくくりあげ、薪
前へ
次へ
全17ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング