散らかって、筆は地上に落ちていた。しかも紙は封じてあって、まだ啓《ひら》かれていない。早速に啓いてみると、画像はもう成就していて、その風貌はさながら生けるが如くであった。茘裳はそれを捧げてまた泣いて、その男に厚い謝礼を贈った。
「死後六十年を過ぎては、追写真も及びません」と、彼は言ったそうである。
蘇穀言《そこくげん》の随筆にも、宋僉憲《そうけんけん》は幼にして父をうしない、その形容を識らないので、方海山人《ほうかいさんじん》に肖像をかいて貰って持ち帰ると、母はそれを見て、まことに生けるが如くであると、今更に嘆き悲しんだということが書いてある。してみると、世にはこういう理《ことわり》があると思われる。
断腸草
康煕庚申《こうきこうしん》の春、徽州《きしゅう》の人で姓を方《ほう》という者が、郡へ商売に出た。八人の仲間が合資で、千金の代物《しろもの》を持って行ったのである。江南へ行って、河間の南にある腰※[#「足+占」、290−8]《ようてん》の駅に宿った。
仲間の八人と、騾馬《らば》をひく馬夫とがまず飯を食った。方は少しおくれていると、その一人が食いながら独り言をいうのである。
「断腸草《だんちょうそう》……」
それを三度も繰り返すので、方《ほう》は怪しんだ。
「君は食い物のなかに断腸草があるのを知っているのか。それなら食ってはならないぜ」
「そうだ」と、その男は言った。
見ると、馬夫はすでに中毒状態で仆《たお》れた。急に一同に注意して食事を中止させ、方は往来へ駈け出してそこらの人たちを呼びあつめた。医師を招いて診察を求めると、それは食い物の中毒であるといった。解毒《げどく》剤をあたえられて、一同幸いに本復したが、馬夫だけは多く食ったために生きなかった。
方は一人の男にむかって、どうして断腸草の名を口にしたかと訊くと、彼は答えた。
「食っている時に、誰かうしろから断腸草と三度繰り返して言った者があるので、わたしもそれに連れて言っただけのことで、最初から知っていたわけではないのだ」
断腸草を食えば、はらわたが断《き》れて死ぬということになっている。それを食い物にまぜて食わせたのは、われわれを毒殺して荷物を奪う手段に相違ないと、一行はそれを訴え出ようといきまいたのを、土地の人びとがいろいろに仲裁し、馬夫の死に対して百金を差し出すことで落着、宿の主人は罪を免かれた。
道中では心得て置くべき事である。
関帝現身
順治丙申《じゅんじへいしん》の年、五月二十二日、広東韶州府《カントンしょうしゅうふ》の西城の上に、関羽《かんう》がたちまち姿をあらわした。彼は城上の垣によりかかって、右の手に長い髯《ひげ》をひねっていたが、時はあたかも正午であるので、その顔かたちはありありと見られた。
越えて二十三日と二十八日に又あらわれた。
城中の官民はみな駈け集まって礼拝し、総督|李棲鳳《りせいほう》はみずから関帝廟に参詣した。
短人
徳《とく》州の兵器庫は明《みん》代の末から久しく鎖《とざ》されていたが、順治の初年、役人らが戸を明けると、奥の壁の下に小さい人間を見いだした。
人は身のたけ僅かに一尺余、形は老翁の如くで、全身に毛が生えていた。彼は左の膝を長くひざまずいて、左の手を垂れたままで握っていた。右の足は地をふんで、右の肘を膝に付け、その手さきは頤を支えていた。髪も鬚《ひげ》も真っ白で、悲しむが如くに眉をひそめ、眼を閉じていた。
やがて家のまわりに電光雷鳴、その人のゆくえは知れなくなった。
化鳥
※[#「赤+おおざと」、第3水準1−92−70]《かく》某はかつて湖広の某郡の推官《すいかん》となっていた。ある日、捕盗の役人を送って行って、駅舎に一宿した。
夜半に燈下に坐して、倦《う》んで仮寝《うたたね》をしていると、恍惚のうちに白衣の女があらわれて、鍼《はり》でそのひたいを刺すと見て、おどろき醒めた。やがてほんとうに寝床にはいると、又もやその股を刺す者があった。痛みが激しいので、急に童子を呼び、燭《しょく》をともしてあらためると、果たして左の股に鍼が刺してあった。
おそらく刺客《しかく》の仕業《しわざ》であろうと、燭をとって室内を見廻ったが、別に何事もなかった。家の隅の暗いところに障子代りの衣《きぬ》が垂れているので、その隙間から窺うと、そこには大きい鳥のような物が人の如くに立っていた。その全身は水晶に似て、臓腑《ぞうふ》がみな透いて見えた。
化鳥《けちょう》は人を見て直ぐにつかみかかって来たので、※[#「赤+おおざと」、第3水準1−92−70]も手に持っている棒をふるってかれに逼《せま》った。化鳥はとうとう壁ぎわに押し詰められて動くことが出来なくなったので、※[#「赤+おおざと
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