は罪を免かれた。
 道中では心得て置くべき事である。

   関帝現身

 順治丙申《じゅんじへいしん》の年、五月二十二日、広東韶州府《カントンしょうしゅうふ》の西城の上に、関羽《かんう》がたちまち姿をあらわした。彼は城上の垣によりかかって、右の手に長い髯《ひげ》をひねっていたが、時はあたかも正午であるので、その顔かたちはありありと見られた。
 越えて二十三日と二十八日に又あらわれた。
 城中の官民はみな駈け集まって礼拝し、総督|李棲鳳《りせいほう》はみずから関帝廟に参詣した。

   短人

 徳《とく》州の兵器庫は明《みん》代の末から久しく鎖《とざ》されていたが、順治の初年、役人らが戸を明けると、奥の壁の下に小さい人間を見いだした。
 人は身のたけ僅かに一尺余、形は老翁の如くで、全身に毛が生えていた。彼は左の膝を長くひざまずいて、左の手を垂れたままで握っていた。右の足は地をふんで、右の肘を膝に付け、その手さきは頤を支えていた。髪も鬚《ひげ》も真っ白で、悲しむが如くに眉をひそめ、眼を閉じていた。
 やがて家のまわりに電光雷鳴、その人のゆくえは知れなくなった。

   化鳥

 ※[#「赤+おおざと」、第3水準1−92−70]《かく》某はかつて湖広の某郡の推官《すいかん》となっていた。ある日、捕盗の役人を送って行って、駅舎に一宿した。
 夜半に燈下に坐して、倦《う》んで仮寝《うたたね》をしていると、恍惚のうちに白衣の女があらわれて、鍼《はり》でそのひたいを刺すと見て、おどろき醒めた。やがてほんとうに寝床にはいると、又もやその股を刺す者があった。痛みが激しいので、急に童子を呼び、燭《しょく》をともしてあらためると、果たして左の股に鍼が刺してあった。
 おそらく刺客《しかく》の仕業《しわざ》であろうと、燭をとって室内を見廻ったが、別に何事もなかった。家の隅の暗いところに障子代りの衣《きぬ》が垂れているので、その隙間から窺うと、そこには大きい鳥のような物が人の如くに立っていた。その全身は水晶に似て、臓腑《ぞうふ》がみな透いて見えた。
 化鳥《けちょう》は人を見て直ぐにつかみかかって来たので、※[#「赤+おおざと」、第3水準1−92−70]も手に持っている棒をふるってかれに逼《せま》った。化鳥はとうとう壁ぎわに押し詰められて動くことが出来なくなったので、※[#「赤+おおざと
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