、あいつが飛んだおしゃべりをしたので、又うき世へ引き出されるのか」
 彼は童子を連れて下山して来ましたが、老人に似合わぬ足の軽さで、直ちに湖心寺の西門外にゆき着いて、そこに方丈《ほうじょう》の壇をむすび、何かのお符を書いてそれを焚《や》くと、たちまちに符の使い五、六人、いずれも身のたけ一丈余にして、黄巾《こうきん》をいただき、金甲《きんこう》を着け、彫り物のある戈《ほこ》をたずさえ、壇の下に突っ立って師の命令を待っていると、道人はおごそかに言い渡しました。
「この頃ここらに妖邪の祟りがあるのを、おまえ達も知らぬことはあるまい。早くここへ駆り出して来い」
 かれらは承わって立ち去りましたが、やがて喬生と麗卿と金蓮の三人に手枷《てかせ》首枷《くびかせ》をかけて引っ立てて来て、さらに道人の指図にしたがい、鞭《むち》や笞《しもと》でさんざんに打ちつづけたので、三人は惣身に血をながして苦しみ叫びました。
 その呵責《かしゃく》が終った後に、道人は三人に筆と紙とをあたえて、服罪の口供《こうきょう》を書かせ、さらに大きな筆をとってみずからその判決文を書きました。
 その文章は長いので、ここに略しますが、要するにかれら三人は世を惑わし、民を誣《し》い、条にたがい、法を犯した罪によって、かの牡丹燈を焚き捨てて、かれらを九泉の獄屋へ送るというのでありました。
 急々如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》(悪魔払いの呪文)、もう寸刻の容赦はありません。この判決をうけた三人は、今さら嘆き悲しみながら、進まぬ足を追い立てられて、泣く泣くも地獄へ送られて行きました。それを見送って、道人はすぐに山へ帰ってしまいました。
 あくる日、大勢がその礼を述べるために再び登山すると、ただ草庵が残っているばかりで、道人の姿はもう見えませんでした。さらに玄妙観をたずねて、そのゆくえを問いただそうとすると、魏法師はいつか唖になって、口をきくことが出来なくなっていました。



底本:「中国怪奇小説集」光文社
   1994(平成6)年4月20日第1刷発行
※校正には、1999(平成11)年11月5日3刷を使用しました。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2003年7月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング