に、喬生は走り寄って丁寧に敬礼しました。
「わたくしの住居はすぐそこです。ちょっとお立ち寄り下さいますまいか」
 女は別に拒《こば》む色もなく、かの小女をよび返して、喬生の家《うち》へ戻って来ました。初対面ながら甚だ打ち解けて、女は自分の身の上を明かしました。
「わたくしの姓は符《ふ》、字《あざな》は麗卿《れいけい》、名は淑芳《しゅくほう》と申しました。かつて奉化《ほうか》州の判《はん》を勤めて居りました者の娘でございますが、父は先年この世を去りまして、家も次第に衰え、ほかに兄弟もなく、親戚《みより》もすくないので、この金蓮《きんれん》とただふたりで月湖《げつこ》の西に仮住居をいたして居ります」
 今夜は泊まってゆけと勧めると、女はそれをも拒まないで、遂にその一夜を喬生の家に明かすことになりました。それらの事は委《くわ》しく申し上げません。原文には「甚だ歓愛を極《きわ》む」と書いてございます。夜のあける頃、女はいったん別れて去りましたが、日が暮れるとまた来ました。金蓮《きんれん》という召仕いの小女がいつも牡丹燈をかかげて案内して来るのでございます。
 こういうことが半月ほども続くうちに
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