、喬生のとなりに住む老人が少しく疑いを起しまして、境いの壁に小さい穴をあけてそっと覗いてみると、紅《べに》や白粉《おしろい》を塗った一つの骸骨が喬生と並んで、ともしびの下《もと》に睦まじそうにささやいているのです。それをみて老人はびっくりして、翌朝すぐに喬生を詮議すると、喬生も最初は堅く秘して言わなかったのですが、老人に嚇《おど》されてさすがに薄気味悪くなったと見えて、いっさいの秘密を残らず白状に及びました。
「それでは念のために調べて見なさい」と、老人は注意しました。「あの女たちが月湖の西に住んでいるというならば、そこへ行ってみれば正体がわかるだろう」
 なるほどそうだと思って、喬生は早速に月湖の西へたずねて行って、長い堤《どて》の上、高い橋のあたりを隈なく探し歩きましたが、それらしい住み家は見当りません。土地の者にも訊き、往来の人にも尋ねましたが、誰も知らないという。そのうちに日も暮れかかって来たので、そこにある湖心寺《こしんじ》という古寺にはいって暫く休むことにしました。そうして、東の廊下をあるき、さらに西の廊下をさまよっていると、その西廊のはずれに薄暗い室《へや》があって、そこに一つの旅※[#「木+親」、第4水準2−15−75]《りょしん》が置いてありました。旅※[#「木+親」、第4水準2−15−75]というのは、旅先で死んだ人を棺に蔵《おさ》めたままで、どこかの寺中にあずけて置いて、ある時機を待って故郷へ持ち帰って、初めて本当の葬式をするのでございます。したがって、この旅※[#「木+親」、第4水準2−15−75]に就いては昔からいろいろの怪談が伝えられています。
 喬生は何ごころなくその旅※[#「木+親」、第4水準2−15−75]をみると、その上に白い紙が貼ってあって「故奉化符州判女《もとのほうかふしゅうはんのじょ》、麗卿之柩《れいけいのひつぎ》」としるし、その柩の前には見おぼえのある双頭の牡丹燈をかけ、又その燈下には人形の侍女《こしもと》が立っていて、人形の背中には金蓮の二字が書いてありました。それを見ると、喬生は俄かにぞっ[#「ぞっ」に傍点]として、あわててそこを逃げ出して、あとをも見ずに我が家へ帰って来ましたが、今夜もまた来るかと思うと、とても落ちついてはいられないので、その夜は隣りの老人の家へ泊めてもらって、顫《ふる》えながらに一夜をあかしました。
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