《うち》に婚礼がありまして、親類から珠《たま》の耳環《みみわ》を借りました。この耳環は銀三十錠の値いのある品だそうでございます。今日それを返して来るように言い付けられまして、わたくしがその使いにまいる途中で、どこへか落してしまいましたので……。今さら主人の家へも帰られず、いっそ死のうと覚悟をきめました」
青年はここへ来る途中で、それと同じような品を拾ったのであった。そこでだんだんに訊いてみると確かにそれに相違ないと判ったが、先刻から余ほどの時間が過ぎているので、その帰りの遅いのを怪しまれては悪いと思って、彼はその女を主人の家へ連れて行って、委細のわけを話して引き渡した。主人は謝礼をするといったが、彼は断わって帰った。
それから一年ほどの後、彼は二十八人の道連れと一緒に再びこの渡し場へ来かかると、途中で一人の女に出逢った。女はかの耳環を落した奉公人で、その失策から主人の機嫌を損じて、とうとう暇を出されて、ある髪結床へ嫁にやられた。その店は渡し場のすぐ近所にあるので、女は先年のお礼を申し上げたいから、ともかくも自分の家へちょっと立ち寄ってくれと、無理にすすめて彼を連れて行った。夫もかね
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