木八刺《ぼくはつら》は西域の人で、字《あざな》は西瑛《せいえい》、その躯幹《からだ》が大きいので、長西瑛と綽名《あだな》されていた。
 彼はある日、その妻と共に食事をしていると、あたかも来客があると報じて来たので、小さい金の箆《へら》を肉へ突き刺したままで客間へ出て行った。妻も続いてそこを起《た》った。
 客が帰ったあとで、さて引っ返してみると、かの金の箆が見えないのである。ほかに誰もいなかったのであるから、その疑いは給仕の若い下女にかかった。下女はあくまでも知らないと言い張るので、彼は腹立ちまぎれに折檻して、遂に彼女を責め殺してしまった。
 それから一年あまりの後、職人を呼んで家根《やね》のつくろいをさせると、瓦のあいだから何か堅い物が地に落ちた。よく見ると、それは曩《さき》に紛失したかの箆であった。つづいて枯《ひか》らびた骨があらわれた。それに因って察すると、猫が人のいない隙をみて、箆と共にその肉をくわえて行ったものらしい。下女も不幸にしてそれを知らなかったのである。世にはこういう案外の出来事もしばしばあるから、誰もみな注意しなければならない。

   生き物使い

 わたし
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