木八刺《ぼくはつら》は西域の人で、字《あざな》は西瑛《せいえい》、その躯幹《からだ》が大きいので、長西瑛と綽名《あだな》されていた。
彼はある日、その妻と共に食事をしていると、あたかも来客があると報じて来たので、小さい金の箆《へら》を肉へ突き刺したままで客間へ出て行った。妻も続いてそこを起《た》った。
客が帰ったあとで、さて引っ返してみると、かの金の箆が見えないのである。ほかに誰もいなかったのであるから、その疑いは給仕の若い下女にかかった。下女はあくまでも知らないと言い張るので、彼は腹立ちまぎれに折檻して、遂に彼女を責め殺してしまった。
それから一年あまりの後、職人を呼んで家根《やね》のつくろいをさせると、瓦のあいだから何か堅い物が地に落ちた。よく見ると、それは曩《さき》に紛失したかの箆であった。つづいて枯《ひか》らびた骨があらわれた。それに因って察すると、猫が人のいない隙をみて、箆と共にその肉をくわえて行ったものらしい。下女も不幸にしてそれを知らなかったのである。世にはこういう案外の出来事もしばしばあるから、誰もみな注意しなければならない。
生き物使い
わたしが杭州にある時、いろいろの生き物を使うのを見た。
七匹の亀を飼っている者がある。その大小は一等より七等に至る。かれらを几《つくえ》の上に置いて、合図の太鼓を打つと、第一の大きい亀が這い出して来て、まんなかに身を伏せる。次に第二の亀が這い出して、その背に登る。それから順々に這い登って、第七の最も小さい亀は第六の甲の上に逆立ちをする。全体の形はさながら小さい塔の如く、これを烏亀畳塔《うきじょうとう》と名づける。
また、蝦蟆《がま》九匹を養っている者がある。席ちゅうに土をうずたかく盛りあげて、最も大きい蝦蟆がその上に坐っていると、他の小さい蝦蟆が左右に四匹ずつ向い合って列ぶ。やがて大きいのがひと声鳴くと、他の八匹もひと声鳴く。大きいのが幾たびか鳴けば、他も幾たびか鳴く。最後に八匹が順々に進み出て、大きいのにむかって頭を下げてひと声、さながら礼をなすが如くにして退く。これを名づけて蝦蟆説法《がませっぽう》という。
松江《しょうこう》へ行って、道士の太古庵《たいこあん》に仮寓《かぐう》していた。その時に見たのは、鰍《かじか》を切るの術である。一尾は黒く、一尾は黄いろい鰍を取って、磨ぎすまし
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