行き過ぎるばかりであった。
 そのうちに二人の樵夫《きこり》が相談して、儲けは山分けという約束で、この蜂の巣を取ることになった。一人は腰に縄をつけて、大木にすがって下ること二、三十丈、ようように巣のある所まで行き着いて、さかんに蜜を取った。他の一人は上から縄をとって、あるいは引き上げ、あるいは引き下げていたが、やがて蜜も大方とり尽くしたと思うころに、上の一人は縄を切って去った。自分ひとりで利益を占めようと考えたのである。
 取り残された樵夫は声を限りに叫んだが、どうすることも出来なかった。巣に余っている蜜をすすってわずかに飢えを凌いでいながら、どこにか昇る路はないかと、石の裂け目を攀《よ》じてゆくと、そこに一つの穴があった。
 穴は深く暗く、その奥に蛟《みずち》か蟒蛇《うわばみ》のようなものがわだかまっていて、寄り付かれないほどになまぐさかった。やがて蟒蛇は鉦《かね》のような両眼をひらくと、その光りはさながら人をとろかすように輝いた。しかも彼は別に動こうともしなかった。樵夫は非常に恐れたが、どこへ逃げるという路もない。殊に穴のなかには暖かい気が満ちていて、寒さを凌ぐには都合がいいので、
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