屋に活きた虎が飼ってあるのを知っているのか」
「まだ知りません。どうぞ連れて行って一度見せてください」
 兄に頼んで一緒に連れて行ってもらったが、一度見たが最後、ほとんど寝食を忘れて十日《とおか》あまりも眺め暮らしていた。その以来、毎月二、三回は城内に入って、活きた虎を眺めているうちに、食い物も肉ばかりを好むようになった。肉も煮焼きをしたものは気に入らず、もっぱら生《なま》の肉を啖《くら》って、一食ごとに猪の頭や猪の股を梨や棗《なつめ》のように平らげるので、子や孫らはみな彼をおそれた。城内に入って活き虎を見て帰ると、彼はいよいよ気があらくなって、子や孫らの顔を見ると、杖をもって叩き立てた。
 五代の蜀《しょく》が国号を建てた翌年、彼は或る夜ひそかに村舎の門をぬけ出して、行くえ不明になった。そのうちに、往来の人がこんなことを伝えた。
「ゆうべ一頭の虎が城内に跳り込んだので、半日のあいだ城門を開かなかった。軍人らが城内に駈け付けて虎を射殺し、その肉を分配して食ってしまった」
 彼はいつまでも帰らず、又そのたよりも聞えなかった。彼は虎に化けたのである。遺族は虎の肉を食った人びとをたずねて、幾
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