中国怪奇小説集
異聞総録・其他
岡本綺堂
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)浅学寡聞《せんがくかぶん》の
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)元来|刻薄《こくはく》
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(例)※[#「澹−さんずい」、第3水準1−92−8]《たん》六
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第九の男は語る。
「わたくしは宋代の怪談総まくりというような役割でございますが、これも唐に劣らない大役でございます。就いてはまず『異聞総録』を土台にいたしまして、それから他の小説のお話を少々ばかり紹介いたしたいと存じます。この『異聞総録』はまったく異聞に富んだ面白いものでありますが、作者の名が伝わって居りません。専門の研究家のあいだにはすでにお判りになっているのかも知れませんが、浅学寡聞《せんがくかぶん》のわれわれはやはり作者不詳と申すのほかはございませんから、左様御承知をねがいます」
竹人、木馬
宋の紹興《しょうこう》十年、両淮《りょうわい》地方の兵乱がようやく鎮定したので、兵を避けて江南に渡っていた人びともだんだんに故郷へ立ち戻ることになった。そのなかで山陽《さんよう》地方の士人《しじん》ふたりも帰郷の途中、淮揚《わいよう》を通過して北門外に宿ろうとすると、宿の主人が丁寧に答えた。
「わたくしもこの宿舎を持っているのですから、お客人を長くお泊め申して置きたいのはやまやまですが、あなた方に対しては正直に申し上げなければなりません。何分にも軍《いくさ》のあとで、ここらも荒れ切っているので、家《うち》はきたなくなっているばかりか、盗賊どもがしきりに徘徊するので困ります。ここから十里ばかり先に呂《りょ》という家がありまして、そこは閑静で綺麗な上に、賊をふせぐ用心も出来ていますから、そこへ行ってお泊まりなさるがよろしゅうございます。わたくしの家から僕《しもべ》や馬を添えてお送り申させますから」
ふたりは素直にその忠告を肯《き》いた。殊に呂氏の家というのもかねて知っているので、それではすぐに行こうと出かけると、主人は慇懃《いんぎん》に別れを告げた。
「どうぞお帰りにもお立ち寄りください。もう日が暮れましたから、馬にお召しなさい」
主人は達者そうな
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