》を採りに上陸すると、島びとに見つけられて早々に逃げ帰ったが、その一人は便所へ行っていたために逃げおくれて、遂にかれらの捕虜《とりこ》となった。
島びとは鉄の綱で彼をつないで、田を耕《たがや》させた。一、二年の後には互いに馴れて、縛って置くことを免《ゆる》されたが、初めのうちは島びとがあつまって酒を飲むたびに、彼をその席へひき出して、焼けた鉄火箸を彼の股へあてるのである。かれらはその苦しみもがくのを見て、面白そうに大いに笑った。要するに、彼に残酷な刑を加えて、酒宴の余興とするのである。
彼ものちにはそれを覚《さと》ったので、いかに熱い火箸をあてられても、騒がず、叫ばず、歯を食いしばってじっと我慢していたので、かれらは興を失ったらしく、ついにその拷問《ごうもん》をやめてしまった。
三年後、かれは幸いに、便船を得て逃げ帰ったが、その両股は一面に黒く焼かれていた。
三重歯
右相丞|鄭雍《ていよう》の甥の鄭某は拱州《こうしゅう》に住んでいた。その頃、京東《けいとう》は大饑饉で、四方へ流浪して行く窮民が毎日つづいてその門前を通った。
そのなかに一人の女があった。泥まぶれの穢《きたな》い姿をしていたが、その容貌《きりょう》は目立って美しいので、主人の鄭は自分の家へ引き取って妾《しょう》にしようと思った。女にも異存はなく、やがては餓死するかも知れない者を、お召|仕《つか》いくだされば望外の仕合わせでございますと答えた。そこで請人《うけにん》を立てて相当の金をわたして、女はここの家の人となって、髪を結わせ、新しい着物に着かえさせると、彼女の容貌はいよいよ揚がってみえた。
女は美しいが上に、なかなか利口な質《たち》であるので、主人にも寵愛されて、無事に五、六カ月をすごしたが、ある夜、大雷雨の最中に、寝間の外から声をかける者があった。
「先日の婦人を返してください。あの女は餓死すべき命数になっているので、生かして置くことは出来ないのです」
鄭は内からそれに応対していたが、外にいるのは何者であるか判らない。おそらく何かの妖物《ようぶつ》であろうと思われるので、堅く拒《こば》んで入れなかった。外の声もいつかやんだ。
しかし夜が明けてから考えると、こういう女をいつまでもとどめて置くのは、自分の家のためにもよろしくないらしい。いっそ思い切って暇《ひま》を出そうかとも思ったが、やはり未練があるのでそのままにして置くと、次の夜にも又もや門を叩いて彼女を渡せという者があった。鄭も意地になってそれを拒《こば》んだ。
「畜生。なんとでもいえ。女を連れて行きたければ、勝手に連れて行ってみろ。おれは決して渡さないぞ」
相手は毎夜のように門を叩きに来るのを、鄭はいつも強情に罵って追い返した。たがいに根《こん》くらべを幾日もつづけているうちに、ある夜かの女は俄かに歯が痛むと言い出して、夜通し唸《うな》って苦しんでいたが、朝になってみると、その歯が三重に生えて、さながら鬼のような形相《ぎょうそう》になったので、主人は勿論、一家内の者がみな怖れた。
こうなると、もう仕様がない。彼女は即日に暇を出された。
何分にもこんな形になってしまっては、誰も引き取る者もないので、彼女は遂に乞食の群れに落ちて死んだ。
鬼に追わる
宋の紹興《しょうこう》二十四年六月、江州|彭沢《ほうたく》の丞を勤める沈持要《ちんじよう》という人が、官命で臨江へゆく途中、湖口《ここう》県を去る六十里の化成寺《かせいじ》という寺に泊まった。
その夜、住職をたずねると、僧は彼にむかって客室の怪を語った。
「昨年のことでございます。ひとりのお客人が客室にお泊まりになりました。その部屋のうちには旅※[#「木+親」、第4水準2−15−75]《りょしん》がござりました。申すまでもなく、旅で死んだお人の棺をお預かり申していたのでござります。すると、夜なかにお客人はその棺のうちから光りを発したのを見て、不思議に思ってじっと見つめていると、その光りのなかに人の影が動いているらしいので、お客人も驚きました。となりは仏殿であるので、さあ[#「さあ」に傍点]といったらそこへ逃げ込むつもりで、寝床の帳《とばり》をかかげて窺っていると、棺のなかの鬼も蓋《ふた》をあげてこちらを窺っているのでござります。いよいよ堪《た》まらなくなって、お客人は寝床からそっとひと足降りかかると、鬼もまた、棺の中からひと足踏み出す。ぎょっとして足を引っ込ませると、鬼もまた足を引っ込ませる。こっちが足をおろすと、鬼もまた足をふみ出すというわけで、同じようなことを幾たびも繰り返しているうちに、お客人ももうどうにもならないので、思い切って寝床から飛び降りて逃げ出すと、鬼も棺から飛び出して追って来る。お客人は仏殿へ逃げ込みな
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