対照というべきであります。どちらも学者で忠臣でありますから、元遺山もひそかに彼を敬慕していたのかも知れません。あまりに前置きが長くなりましては御退屈でございましょうから、ここらで本文《ほんもん》に取りかかります」
妖鬼を祭る
祁《き》州の汪《おう》氏の息子が番陽《はよう》から池《ち》州へ行って、建徳《けんとく》県に宿ろうとした。その途中、親しい友をたずねて酒の馳走になっているうちに、行李《こうり》はすでに先発したので、汪はひとりで馬に乗って出ると、路を迷ったものとみえて、行けども行けども先発の従者に逢わないので、草深い森の奥へ踏み込んでしまった。
そのうちに日が暮れかかると、草むらから幾人の男があらわれて、有無《うむ》をいわさずに彼を捕虜《とりこ》にして牽《ひ》き去った。行くこと何百里、深山の古い廟のなかへ連れ込まれて、汪はその柱へうしろ手に縛り付けられた。何を祭ってあるのか知らないが、かれらは香を焚《た》き、酒を酌んで、神像の前にうやうやしく礼拝して言った。
「どうぞ御自由にねがいます」
かれらは廟門をとざして立ち去った。かれらは人を供えて妖鬼を祭るのである。汪は初めてそれをさとったが、今更どうすることも出来ないので、日ごろ習いおぼえた大悲の呪《じゅ》を唱えて、ただ一心にその救いを祈っていると、その夜半に大風雨がおこって、森の立ち木も震動した。
廟門は忽ちにおのずから開かれて、何物かがはいって来た。その眼のひかりは松明《たいまつ》のようで、あたりも輝くばかりに見えるので、汪は恐るおそる窺うと、それは大きい蟒蛇《うわばみ》であった。蛇は首をもたげて生贄《いけにえ》に進み寄って来るので、汪は眼をとじて、いよいよ一心に念誦《ねんじゅ》していると、蛇は一丈ほどの前まで進んで来ながら、何物にかさえぎられるように逡巡《しりご》みした。一進一退、おなじようなことを三度も繰り返した後に、蛇は遂に首を伏せて立ち去ってしまった。
汪もこれでひと息ついて、ひたすらに夜の明けるのを待っていると、表がようやく白《しら》んで来た時、太鼓をたたき、笙《しょう》を吹いて、大勢の人がここへ近づいた。そのなかには昨夜の男もまじっていた。
かれらは汪が無事でいるのを見て大いにおどろいた。汪からその子細を聞かされて、かれらは更に驚嘆した。
「あなたは福のあるお人で、われわれの神にさ
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