霍丘《かくきゅう》の令を勤めていた周潔《しゅうけつ》は、甲辰《こうしん》の年に役を罷《や》めて淮上《わいしょう》を旅行していました。
その頃、ここらの地方は大|饑饉《ききん》で、往来の旅人《りょじん》もなく、宿を仮《か》るような家もありませんでした。高いところへ昇って見渡すと、遠い村落に烟りのあがるのが見えたので、急いでそこへたずねて行くと、一軒の田舎家《いなかや》が見いだされました。
門を叩くと、やや暫くして一人の娘が出て来ました。周は泊めてもらいたいと頼むと、娘は言いました。
「家《うち》じゅうの者は饑餓に迫り、老人も子供もみな煩らっていますので、お気の毒ですがお客人をお通し申すことが出来ません。ただ中堂に一つの榻《とう》がありますから、それでよろしければお寝《やす》みください」
周はそこへ入れてもらいますと、娘はその前に立っていました。やがて妹娘も出て来ましたが、姉のうしろに隠れていてその顔を見せませんでした。周は自分が携帯の食事をすませて、女たちにも餅二つをやりました。
二人の女はその餅を貰って、自分たちの室《へや》へ帰りましたが、その後は人声もきこえず、物音もせず
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