が見えなくなりました。なにかの怪物に相違ないというので、蛇はそのまま捨てて帰ったそうです。この蛇は生きているあいだに自分の形を隠すことが出来ず、死んでから人の形を隠すというのは、その理屈が判らないと著者も言っています。

   小奴

 天祐丙子《てんゆうひのえね》の年、浙西《せっせい》の軍士|周交《しゅうこう》が乱をおこして、大将の秦進忠《しんしんちゅう》をはじめ、張胤《ちょういん》ら十数人を殺しました。
 秦進忠は若い時、なにかの事で立腹して、小さい奴《しもべ》を殺しました。刃《やいば》をその心《むね》に突き透したのでした。その死骸は埋めてしまって年を経たのですが、末年になってかの小奴《しょうど》がむねを抱えて立っている姿を見るようになりました。初めは百歩を隔てていましたが、後にはだんだんに近寄って来ました。
 乱のおこる日も、いま家を出ようとする時、馬の前に小奴が立っているのを、左右の人びともみな見ました。役所へ出ると右の騒動で、彼は乱兵のために胸を刺されて死にました。
 同時に殺された張胤は、ひと月ほど前から自分の姓名を呼ぶ者があります。勿論その姿は見えませんが、声は透き通った
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