まなくなった。馬は地面を踏んだままで動かないのである。彼は僕《しもべ》を見かえって言った。
「いつかは船の行き着いた所で銭を得たから、今度も馬の踏みとどまった所に、なにか掘出し物があるかも知れない」
 地を掘ると、果たして金五百両を得たので、自分の家へ持って帰った。
 その後に彼は城中の町へゆくと、胡人《こじん》の商人に逢った。商人はその頭に珠《たま》のあることを知って、人をもって彼を誘い出させた。そうして、たがいに打ち解けた隙をみて、彼は酒をすすめ、その酔っている間に珠を奪い去った。その末子のひたいには、生まれた時から一つの毬《まり》を割ったような肉が突起していたのであるが、珠を失うと共に、その肉は落ちてしまった。
 家へ帰ると、その変った顔を見て、家族や友達も皆おどろいた。その以来、彼は精神|朦朧《もうろう》のていで、やがて煩い付いて死んだ。その家計もまた次第におとろえた。
 これと同様の話がある。
 宣《せん》州の節使|趙鍠《ちょうこう》もまた額の上に一塊の肉が突起しているので、珠があるのではないかと疑われていた。やがて淮南軍《わいなんぐん》のために郡県を攻略され、趙も乱兵のために殺された。その時、ある兵卒が趙の首をさがし求めて、そのひたいを割いてみると果たして珠を得た。
 兵卒はその珠を持ち去って、胡人の商人に売ろうとすると、商人は言った。
「この珠はもう死んでいるから、役に立たない」
 そこで、塑像《そぞう》を作る人に廉く売って、仏像のひたいの珠に用いるのほかはなかった。

   異姓

 永平《えいへい》初年のことである。姓は王《おう》、名は恵進《けいしん》という僧があった。
 彼は福感《ふくかん》寺に住んでいたが、ある朝、わが寺を出て資福院《しふくいん》という寺をたずねると、その門前に一人の大男が突っ立っていた。
 男はからだの大きいばかりでなく、その全身の色が藍《あい》のようであったが、恵進を見て突然に追い迫って来たので、僧は恐れて逃げまわった。竹簀橋《ちくさくきょう》まで逃げて来て、そこらの民家へ駈け込むと、男もつづいて追い込んで、僧を捉えて無理無体に引き摺って行こうとして、どうしても放さなかった。
 僧は悲鳴をあげて救いを祈ると、その男は訊いた。
「おまえの姓はなんというのだ」
「王といいます」
「王か。名は同じだが、姓が違っている」
 言い捨て
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