である。父の英公《えいこう》は常に言った。
「この児の人相は善くない。後には我が一族を亡ぼすものである」
 敬業は射術ばかりでなく、馬を走らせても消え行くように早く、旧い騎手《のりて》も及ばない程であった。英公は猟《かり》を好んだので、あるとき敬業を同道して、森のなかへはいって獣《けもの》を逐い出させた。彼のすがたが森の奥に隠れた時に、英公は風上《かざかみ》から火をかけた。父は我が子の将来をあやぶんで焼き殺そうとしたのである。
 敬業は火につつまれて、逃るるところのないのを覚るや、乗馬の腹を割いてその中に伏していた。火が過ぎて、定めて焼け死んだと思いのほか、彼は馬の血を浴びて立ち上がったので、父の英公もおどろいた。
 敬業は後に兵を挙げて、則天武后《そくてんぶこう》を討とうとして敗れた。

   死婦の舞

 鄭賓于《ていひんう》の話である。彼が曾《かつ》て河北に客《かく》となっているとき、村名主《むらなぬし》の妻が死んでまだ葬らないのがあった。日が暮れると、その家の娘子供は、どこかで音楽の声がきこえるように思ったが、その声は次第に近づいて庭さきへ来た。妻の死骸は動き出した。
 音楽の声は室内へはいって、梁《はり》か棟《むなぎ》のあいだに在るかと思うと、死骸は起《た》って舞いはじめた。声はさらに表の方へ出ると、それに導かれたように死骸もあるき出して、ついに門外へ立ち去った。家内一同はおどろき懼《おそ》れたが、月の暗い夜であるので、追うことも出来なかった。
 夜ふけに名主は外から帰って来て、その話を聞くと、彼はふとい桑の枝を折り取った。それから酒をしたたかに飲んで、大きい声で罵りわめきながら、墓場の森の方角へたずねてゆくと、およそ五、六里(六|丁《ちょう》一里)の後、柏の樹の森の上で又もやかの音楽の声がきこえた。
 近寄ってみると、樹の下に明るい火が燃えて、そこに妻の死骸が舞っているのである。彼は桑の杖を振りあげて死骸を撃った。
 死骸が倒れると、怪しい楽《がく》の声もやんだ。彼は死骸を背負って帰った。



底本:「中国怪奇小説集」光文社
   1994(平成6)年4月20日第1刷発行
※校正には、1999(平成11)年11月5日3刷を使用しました。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2003年7月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネッ
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